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三選を果たす
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4月25日、職員の皆様から花束をいただいて3期目の登庁。8年前を思い出し身が引き締まるのを感じた。この8年間村長職を務めることができのは、村民の理解と支援、そして職員皆さんがそれぞれのポジションでしっかり支えてきてくれたからであり、今回の選挙で3選を果たすことができた最大の要因だと考えている。

今回の選挙では「帰村宣言」が一つの争点だといわれてきた。僕自身は帰村宣言そのものよりも、避難している村民にしっかり寄り添いながら震災後の村の復興をどう進めていくか、のほうが重要だと考えていたのだが、マスコミやネット世論によって対立軸が作られたように思う。戻る人か戻らない人、帰村が早いか妥当か、という二極論に走りがちだがそうではないということを理解してほしい。

白か黒かという判断ではなくグレーゾーンが存在していることが原発事故対応の難しさではないだろうか。そのために、心配な人や早いと思う人は様子を見てから戻ってもいいよとアナウンスしたのが「帰村宣言」。村はそれぞれの判断をしっかり受け止めて対応していく考えです。

今回の選挙戦を通して村民から教えられてことが二つある。一つは村民の訴えにきちんと耳を傾けることの大切さ。8年ぶりの選挙活動で僕にとっては初心に帰ることができた大切な時間だったと思う。批判や苦言が僕の耳に直接入ってこないことが多かったかもしれない。二つ目は原発事故で分断された村を一日も早く元に戻し復興していくこと。 

この2期8年間で多くのことを学んできた。その学びの中でやはり最後は、自分たちの村は自分たちで判断し自分たちで守り自分たちで育んでいかなければならない、ということを痛感してきた。村が変わる。変わるためには誰かが変えてくれるのを待つのではなく、自分自身が立ち上がる。村民自身が少しの勇気をもって一歩踏み出すことではないだろうか。

いよいよ3期目、原発事故後の川内村をどう復興させていくかが与えられたテーマ。今こうしている間にも避難している村民がいることを忘れず一日も早い帰村に向け、除染の徹底・雇用の場の確保・医療介護の充実・補償の継続要求・商店の再開や道路などのインフラ整備・教育環境の充実が急務だと考えている。

僕にも夢がある。戻っている村民と職員と共に高い志と情熱をもって頑張りぬいたその先に、少しでも安心して住むことができ将来の子供たちに誇れるような川内村を復興させるという夢がある。村が生まれ変われるかどうかはシンクタンクである職員の意識改革と企画力。努力を惜しまず夢実現のために死に物狂いで働くつもりだ。
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by endo_yuko | 2012-04-30 15:51 | Comments(2)
復興コンサート
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杉良太郎さんと伍代夏子さんによる川内村復興コンサートを川内小学校体育館で開催。入場者は約580名、会場が一杯になり二人の歌声に酔いしれた。二人は長きに渡りボランティア活動を実施していることは周知のとおり。避難した郡山ビックパレットにも食材の提供があり被災者を支援していただいた。帰村に向け復興しようとしている川内村民を元気づけようとして、二人の善意により実現できたコンサートです。素晴らしい歌声に勇気づけられた。


僕は二人が夫婦だということを今回のコンサート企画の時初めて知った。だって苗字が違っているので・・・・。

「杉良太郎はどんな歌唄うのだ?」、と父に聞かれたから、「すきま風」と答えたら、「なんだ我が家と同じだな」と言った。     前説はうけなかった(-_-;)
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by endo_yuko | 2012-04-29 16:55 | Comments(0)
合同入学式
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4月6日、かわうち保育園、川内小学校、川内中学校の合同入学式をコミュニティーセンターで実施。この4月から川内村に戻ってきた子供たちは38名。その内新入生は小学校が3名、中学校が5名、保育園は全員で8名です。

多くのマスコミに囲まれて新入生を初め全児童・生徒はそれぞれ緊張していた様子。保育園と小学新入生は担任の先生から名前を呼ばれると大きな声で返事をしていた。とても元気があってキラキラ輝いて見えた。中学校の制服に身を包んだ5名の新入生は、小学校の卒業式にあった時よりも数段大人っぽく感じた。

いよいよそれぞれの保育園や学校であたらなスタート。これからどんな楽しいことが待っているのかという期待と、友達ができるのか、授業についていけるのか、クラブ活動はどうしようかなど不安もあるに違いない。そんな期待と不安をしっかり受け止めてくれる先生方がいることを忘れないでほしい。

保護者の皆さんはこの日を心待ちし我が子の姿に感激していたようだ。子供の幸せを願い将来を想い描かない親はいないはず。「他人の気持ちを慮る優しい人になってほしい」、「正義感が強く勇気のある人になってほしい」、「本を沢山読んでほしい」、と願うのではないだろうか。その願いを実現する方法はたった一つ、保護者自身がそうなること以外に近道はない。願う方向に向かって子供と共に感動し成長していてほしい。

入学式を迎えるまで避難を余儀なくされ辛い日々を過ごしてきたと思う。子供の学校のこと、自分たちの生活仕事のこと、体調が悪い親のことなどで多くの葛藤があったに違いない。高校生がいる家庭はもっと大変。避難先に残るべきかどうか苦しい選択をしてきたことと想う。しかし川内村で生活していくと決めたからには、今を生きている幸せや家族が一緒にいられる喜び、支えあうことの大切さを伝えてほしい。不安の中で育てられた子供たちは家族にとっても村にとっても不幸なことだと思う。

当然離れていても川内の子供たち、遠くで学んでいても川内の子供たちです。村の様子を見てて戻れるかな、と思った時には戻ってきてほしい。「子供は未来からの贈りもの」、学校や家庭、地域が一体となり、たくましくしなやかな子供を育んで近未来に送り返してやりたい。

東京から駆けつけてくれたシンガーソングライターの古川琴子さんが入退場曲を演奏し、 式の後ミニコンサートをプレゼントしてくれた。曲は、素敵なともだち、ジブリメドレー、そしてオリジナル曲「どんな未来も」「灯火」、最後に「ふるさと」を合唱。 式とミニコンサートの様子は、「古川琴子川内コンサート」で検索するとYouTubeで見れる。
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by endo_yuko | 2012-04-29 16:39 | Comments(0)
辞令交付式
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4月1日、40件の人事異動による辞令を交付した。例年より異動件数が多いのは昨年の震災で実施できなかったことが最大の要因。震災対応で疲弊しきったうえ紙切り1枚で移動させられる職員にとってはたまったものではないはず。しかし風通しがよくある程度緊張感を持った組織マネジメントには不可欠。与えられたポジションで新たな自分磨きをしてほしい。

特に今年度の特徴は新たな復興対策課を設置したこと。復興対策課は復興係と除染係の2係制とし、復興係は正に復興していくために雇用対策や企業誘致、既存の産業振興、除染係は詳細なモニタリングと放射性物質の除染、研究機関との連携などが業務内容であり、与えられた時間は3年とする。

「凛としてたおやかな村づくり」をスローガンに新たな村づりを行う。豊かな自然と田舎の原風景を残しながら、必要に応じて開発も視野に入れ、将来に渡って安全安心に暮らすことができる環境、さらに雇用機会の創出と持続可能で活力のある村を全職員一丸となって目指す
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by endo_yuko | 2012-04-28 14:37 | Comments(0)
ご苦労様でした
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3月31日付で猪狩 一出納室長、渡邊京子保育園長、井出弘子医療係長の3名が退職。
勤務を解かれた今、3名には万感の思いが去来していることと想う。ひたすら村政発展と村民の幸せのために心血を注いでいただいたことに感謝したい。特に最後のこの1年は、避難を余儀なくされ自らも被災者でありながら村民に寄り添い緊急対応していただいたことに敬意を表したい。

いよいよ第二の人生のスタート、肩書がとれたこれからの生き方のほうが、今までよりもエネルギーが必要で自己を律していかなければならないかもしれない。健康に留意され幸せな人生を送ってほしい。深謝!
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by endo_yuko | 2012-04-28 14:05 | Comments(1)
引っ越し作業
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住み慣れた(?)仮設役場から川内村で役場を再開するための引越し作業です。経産省から派遣されていた職員や東電職員、ボランティアの皆さんからお手伝いを受けました。
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by endo_yuko | 2012-04-28 12:59 | Comments(0)
ゴミ拾い
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先月23日、ビックパレットにあった仮役場の引越し作業をする前に、職員全員でお世話になったビックパレット敷地内のゴミ拾いを実施した。改めてビックパレットの広さを再認識し、避難所として提供していただいた関係者の皆様に感謝。兵どもが夢の跡って感じかな・・・。
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by endo_yuko | 2012-04-28 12:53 | Comments(0)