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仕事納め
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復興もまだ緒についたばかりここで一息というわけにはいかない。しかし蒔いた種が少しづつ少しづつ目に見えるような形で現れてきている。そのことは職員が平常時の職務プラス復興に向けた作業を積極的に進めてきてくれたからであり、心から感謝したい。また、福島県、復興庁、環境省、経産省、ふくしま支援機構、福島大学サテライトからの支援も忘れてはいけない。

1月早々から住民懇談会を開催し、1月31日に帰村宣言、2月に住民アンケートを実施した。戻る人、様子を見てから戻る人、分からない人がそれぞれ3分の1づつ。当然帰村宣言には戻らない選択肢もある。役場機能を村内で再開することが最大の目的であった。除染や復興の準備を進めていくために最前線で行政機能の再開は不可欠。3月25、26日に引越し作業を実施、仮設から1年ぶりに本来の地に戻った。

4月1日新年度から復興対策課を立ち上げ、除染と復興事業に取り組み始めた。この時点での帰村者約540名。現在1,200名約4割の村民が戻ってきている。除染作業は旧帰還準備区域で95%、旧警戒区域で70%3月までには全て完了する予定だ。

この1年間、振り返る余裕もなく目の前の課題を克服するために全力を傾注してきた。何をすべきか、目的目標が明確になっている状況での仕事、多忙な日々の中でもクリエティブな仕事をさせて頂いたことに感謝したい。

気付いたとは三つ。一つは足るを知ること、際限ない利便性や豊かさを追い求めた結果が原発事故につながったように思える。自分たちの生活をもう一度見直す・原点に帰ることの大切さを気づかせてくれた。二つ目は与えられた権利を100%使い切らないこと。補償や賠償など全てを使い切ると、迷惑をかける人が増えたり、ますます権利の枠が小さくなる。三つ目は信頼を回復する、あるいは川内村が生まれ変わる絶好のチャンス。復興事業を通して一日も早くインフラを回復していく。


~~~~~~~~~~~~~~~~
アッと言う間の一年だった。何が正解か、間違いか分からないまま進んできたような気がする。震災・原発からの復興は臨戦態勢そのもの。異常時の中で要求されることは、勇気を持ってあらゆるボタンを押してみること。大切なのは、予想通りの結果を手に入れることではなく、チャレンジする勇気を持ち続けること。チャレンジした数だけ失敗も経験する。失敗を恐れて何もしないことが最悪。

村が変わる。誰かが変えてくれるのを待つのではなく、村民自身が少しの勇気を持って一歩を踏み出すことではないでしょうか。苦しんだ分だけ他人に優しく、辛い思いをした分だけ頑張れるような気がする。まもなく2012年が終わる。今は静かに2012年を過去に送り出してやろうと思う。この一年「日々ゆうこう」にお付き合いいただきありがとうございます。2013年が皆様にとって幸せな年でありますようお祈り申し上げます。
                                   深謝
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by endo_yuko | 2012-12-31 22:58 | Comments(2)
サッちゃんに退職辞令
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出会いや別れは人の世の常。そのことによって彩のある人生をおくることができるのだと思う。どんな人に出会うのか、出会ってどんなお付き合いをしていくのか、その密度によって別れも異なる。私たちは、今日その別れを経験することになった。
寿退職なので喜ばしいことなのだが、なんかモヤモヤしたこの気持ちはなんだろう。サッちゃんがいってしまう。ハアε=(・д・`*)ハァ… 

役場職員になって9年9ヶ月、退職にあったてただただ感謝の言葉しか浮かばない。いつも明るく笑顔で接していただき、誰からも愛されていたサッちゃん。企画財政係の時、解りやすい予算書を作ってくれたのは彼女。村民に解りづらく数字が羅列されて分厚い予算書を、写真や図面を入れひと目で理解できる予算書を作成してくれた。議員や村民への説明に使われ、現在でも作られている。

総務係では、職員の給与・共済関係や福利厚生、選挙事務に携わっていた。今回行われた衆議院選挙その選挙事務があるために、実は退職時期をこの時まで伸ばしていただいた経緯がある。既にサッちゃんは職場の中でなくてはならない存在になっていた。

別れは辛いが、彼女には幸せになって欲しいと心から思う。ありがとう、サッちゃん。
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by endo_yuko | 2012-12-30 15:34 | Comments(0)
田上長崎市長来村
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長崎市の田上富久市長が本村を訪れ、除染や復興の取り組み状況を視察した。「長崎市も可能な限りバックアップしていきたい。復興に向け頑張ってほしい」、と職員を激励していただいた。
8月長崎市平和記念式典に僕が招待されたことがご縁で、今回の市長訪問につながった。原爆と原発事故、単純に比較することはできないが、放射線量をどう克服し、復興していったのか、長崎市から学ぶことは多い。将来子供たちの交流ができるよう努力していくことを確認した。
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by endo_yuko | 2012-12-30 11:18 | Comments(0)
復興へ中学生が提言
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川内中学校の3年生から村の復興に向け提言していただいた。総合学習の中で、村の復興計画提言につ復興計画づくりに取り組んできた経緯がある。これまで研修旅行先の東京などで、川内村の環境に合いそうな企業を訪問したり、村の復興策を生徒の目線で検討してきた。
企業誘致や住宅や道路などのインフラ整備、若い人が集えるようなコミュニティスペースの整備などとても現実的で実現可能な提案が多かった。生徒たちの思いに応えていかなければならないと思った。
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by endo_yuko | 2012-12-29 11:52 | Comments(0)
教育委員委嘱
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教育委員に、上川内上長網 秋元優子氏を委嘱した。秋元さんは中央大学文学部を卒業され、本村に戻ってからは婦人会活動にも積極的に参加し、現在支部長を務めている。地域のお母さん達と「コスモス会」を立ち上げ、会員の親睦と子供たちの学習指導の情報交換を行うなど、学力向上のため熱心に活動されている方です。
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by endo_yuko | 2012-12-29 11:20 | Comments(0)
感謝ですね!
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先日、ある衆議院議員候補者の応援のため千葉市内で街頭演説をしてきた。高層アパートが立ち並んでいる一角でマイクを握っていたら、住宅の住民から「川内村を応援しようと集めていた義援金です。頑張ってください」、と手渡された。名前を尋ねたのですが、その人は名前を告げずに足早に去って行ってしまいました。袋の中をのぞいたら写真の金額が入っていた。

今回の震災で千葉市内でも液状化現象が起き、被災したところもあると伺った。それでも川内村のためにと・・・、うれしくて、うれしくて胸が熱くなった。感謝申し上げます。このブログをご覧になっていたらご連絡ください。
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by endo_yuko | 2012-12-19 19:04 | Comments(2)
新年度予算編成について
新年度(平成25年度)予算編成が始まった。震災・原発事故後2回目の予算編成、復興のための予算付けと言っても過言ではない。亡くなった井上ひさしは、「政治とは端的に言えば、国民から集めた税金や公有財産をどう使うかということだ」と言っている。このことは極めてシンプルで分かりやすい言葉だ。

彼の言葉を借りれば、予算は政治そのものと言える。入りを計りて、出づるを制する。財源を確保しながら、どこに手厚く、何を我慢し、何を捨てて、どんな地域を目指すのか、どんな将来を描くのか、復興に不可欠なものか。その配分は村復興の形の具現化であると思う。だから僕にとっては政治姿勢が問われる。

平成24年度を振り返ってみると、震災の影響で従来の投資的経費や義務的経費を大幅にカットした中での予算額が105億円(12月補正含む)。内訳は除染関連コストが約65億円(民家と農地、道路、仮置き場の整備も含む)、復興事業(野菜工場、村営住宅、ビジネスホテル、企業誘致村補助金など)や扶助費、人件費、災害復旧費などである。

平常時の仕事プラス復興関連事業、帰村したからといっても臨戦態勢の中での予算獲得。職員はよくやっていると思う。予算増加分は大部分除染など震災関連復興費。この配分で今村が何をやろうとしているか理解できると思う。

新年度予算編成にあたっては、自主財源をどう確保していくかがテーマだと考えている。震災前の自主財源は25~28%程度、あとは地方交付税や県支出金などの依存財源である。今回の震災で自主財源が9%まで落ち込んでしまった。この2年間は震災対応で村税や使用料を減税減免措置してきた経緯があり、その減額した分特別交付税や除染費用などの県支出金が大幅に増えた。

自主財源を確保しながら歳出についてもコスト意識を高めていく必要がある。基礎自治体が行革の努力をしながら政策的な予算を確保し、更に村の借金である公債費を減らそうとしているのは、我々の子供たちや後世にできるだけ負の遺産を残さないようにしているから。

減税減免した分消費にまわされ、村内景気の刺激効果になればいいが、帰村している村民が4割程度の現状ではそうはいかない。反面、役場職員や復興事業で働いている村民が、避難先で消費すれば投資効果も薄く、行政サービスや公共事業にまわせなくなる分、雇用が進まず地域経済が低迷する可能性がある。地方交付税を受けながら減税減免して歳入を減らすことになれば、そのツケを将来に先送りすることになる。モラルハザードといわれても仕方がない。そのために震災復興期間であっても自主財源確保に努めていかなければならない。
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by endo_yuko | 2012-12-19 16:32 | Comments(0)
福島県立医大講義
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チェルノブイリ原発事故視察で一緒だった福島県立医科大学医学部人間科学講座 藤野美都子教授とのご縁で、福島県立医大の福島学の授業で講義をした。テーマは「原発事故と地域再生」   避難から帰村・復興まで課題は何か、村の取り組みや故郷復興に掛ける思いを話した。

村は医療体制の強化を目的に、診療所への医師派遣などについて、ひらた中央病院と県立医大との3者協定を締結している。診療科目増設のため、ひらた中央病院と県立医大で連携しながら診療所への医師派遣を継続していくことになった。

  
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by endo_yuko | 2012-12-15 17:34 | Comments(2)
稲作再開(^O^)
原発事故後2年間水稲の作付を制限・自粛してきたが、来年から旧警戒区域を除き作付を再開することを決めた。今年試験栽培を実施した30か所で収穫された米の放射性物質は、全て国の規制値(100ベクレル)をクリアーした。1か所だけ7ベクレルの値を示したほかは、全てND(放射性物質を検出せず)であった。

作付再開について農業委員会からも、「作付しないと田んぼがダメになってしまう」という意見もあり、3年続けて作付しないと労働意欲・就農意欲の減退につながる。試験栽培の結果も問題なく、作付しない理由はないと考えている。

今年7月に、耕作者や土地所有者を構成委員として自分たちの農地を自分たちで除染し、そこに賃金の発生を生む農地除染復興組合を立ち上げ、除草や除染作業を進めてきた。土壌改良材ゼオライトやカリを散布し、プラウ反転耕や深耕、土壌剥ぎ取りを実施してきた。農地除染は80%以上完了し、草地の除染や一部土壌剥ぎ取りは冬季間の作業のため来春に残る可能性がある。

来年作付する農家には種もみ購入額を全額補助するつもりだ。ただ、耕作者にとっては「作っても売れるのかどうか」と心配する声もある。さらに来年作付するしないに関係なく補償されることで、作付を見合わせる農家もいる。作付して得た収入は、特別な努力として補償金額から差し引かれるようなことはない。

種もみ購入希望者から申し込みを受け付けているが、現在旧警戒区域を除くと約半分程度(本村の作付面積は約280ha)の耕作面積になる見通しだ。今後、JAと連携しながら販路について検討していく方針。僕自身もトップセールスとして関係機関や消費者に安全性をPRしていくつもりだ。

本村の一次産業総生産額が11億円、その内農業法人養豚や養鶏を除くと水稲やそ菜、畜産、葉たばこで4億円程度。農地除染コストは16~17億円。もちろんコストは大切だが、それ以上に心配しているのが担い手・後継者がいるかどうかだ。せっかく除染して作付できるようになっても、誰が耕作していくか、という問題にぶち当たる。耕作者がいなければ、また遊休地・耕作放棄地になりセイタカアワダチソウに占領されてしまう。このことは除染よりも深刻だ。
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by endo_yuko | 2012-12-15 17:33 | Comments(0)
ファミリーマート川内店オープン
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ファミリーマート川内店が、かわうちの湯前旧モンペリ跡地にオープンした。帰村宣言以来1163名が戻ってきている。しかし身近な所で買い物出来ないことに不便さを感じていた村民が多かった。また、8月末コンビニ・モンペリの閉店は、除染や復興事業などに来ている作業員にもより不便さを感じさせていた。川内店の寺岡店長は下川内東山出身、4人の従業員と共に川内村の復興に力を貸してほしい。
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by endo_yuko | 2012-12-15 17:32 | Comments(0)